貧困とは何か?

先にNHKで放送したという、「貧困」についての特集。


そこでクローズアップされた女子高生について、


その生活実態を暴き立てる者が現れ、ネット上で、
女子高生自身とその家族、彼女をピックアップしたNHKそのものに対するバッシングが喧しい。


ということを、


FBで、「はぁ?何を血迷ってる?こんな家庭が貧困なら日本は貧困家庭だらけ!」という書き込みを目にしたことから知りました。


当該の女子高生、


学校でPCの授業があるけれど、PCが買えないから、キーボードだけ買ってもらってタイピングの練習をしています。
絵を描くのが好きで、そういう方面に進みたいけれど、お金がないので進学できません。


と、放送された。


けれど、


アルバイトで生計を立てる母と二人暮らし(実は姉がいるがすでに別居、独立)の彼女、


iPhoneを所持、twitterアカウントを3つ使い分けながら、自身の生活ぶりを日々楽しげにUPしている。
プレイステーション・ポータブルを所有しており、結構高価なゲームソフトを複数、
好きなアニメのDVD、BOXセットで所持している。
高級画材でイラスト描いて遊んでいて、好きなアニメ観るのに映画館にも足繁く通っている。
EXILEのライブにも出掛けていて、一食千円をくだらないランチにもしばしば。
すでに独立している姉が「夜の仕事」をしているので、そこそこ余裕、姉が高価なものを買ってやっている。


ということであるらしく、


横浜市で今月18日に開かれた、「経済的な理由で進路の選択が難しい学生たちが、みずからの言葉で貧困の現状を訴えるイベント」において、
「お金という現実を目の前にしても諦めないでほしいです。その人の努力に見合ったものが与えられて手にできる、そういう世界であってほしい」
と、訴えた彼女と、それを報じたNHKに対して、


「インチキ貧困者引っ張り出して何ゆーとんねん!」、「何、やらせの放送しとんねん!」と、「炎上」しているようですが、


彼女とNHKを叩いている人々に、申し上げたいのは、


  これが貧困というものなのですよ。


ということ。


「こんなに色々モノを買ってるヤツを貧困とはいえない!!」と叩く人たち、


彼女が買っているものを節約したところで、彼女は、年間100万以上の学費を要する「上級学校」に進学する余裕がないのは事実であって、
そこに嘘はないでしょう。


貧乏なら、もっと、考えて金使えよ。倹約しろよ。と、言うのはもっともです。
でも、金の使い方を学び、理性的に考えることを養い培うための資産が彼女に注がれなかったこともまた事実でしょう。


絵が好きだと言うものの、特に「アート全般」に興味関心があるわけでもなく、好きなのは身近な漫画とアニメだけ、
美術館に通うわけでもなく、美術の歴史に興味があるわけでもないけれど、絵の仕事がしたいという彼女、


そのために専門学校に進みたい。という彼女の思いそのものも、実は幼稚です。


アニメが好きで、アニメキャラを描き散らすのが好きな若者は、掃いて捨てるほど存在します。
特に学科試験や実技試験で資質を選別するわけでもなく、高い学費だけがかかる専門学校に進学したとしても、


彼女のあるかないかわからない才能が開花する可能性は低いでしょう。


けれど、


世間の誰もが携帯電話をスマホを持ち、常に誰かと繋がっていたいこの時代、
彼女に、スマホなんていらない。という選択ができるのか? 格安スマホでやりくりしようとする才覚があるのか?


PCよりもスマホが大事、教科書よりも参考書よりも、漫画やアニメが大切。
バイトに明け暮れ、疲弊している母との暮らしの中で、家庭での豊かな食生活を営むことが彼女にできるのか?


貧困というものは、元々ない金を、どこに何に使うのか? という選択眼をも見失わせます。


なけなしの金を、己の「知」のために使おうと思うには、思えるようになるには、
教育と、それによって得られた確かな教養に支えられた知性が必要です。


なけなしの金を、本当に必要でないことから順に使ってしまうのが、「貧困」なのです。


世間には、金があっても、教養や知性の育たぬ者も山のようにおります。
でも、金があれば、教養や知性がなくても、それなりの教育を受け、それなりに賢いふりをして世の中を渡っていけます。


金のないところに育てば、金をどこに、何に使うのかを学べぬまま、上級学校にも進めぬまま、
社会の底辺で、もがきながら、また、己の子に同じ轍を踏ませることになります。


現代の貧困というのは、そういうものです。


月々数万円の携帯代金を払うためにバイトに明け暮れ、家庭で、家族で、共に食事を取ることなく、
学校に通うことを厭い、やがて覚えたギャンブルとセックスに明け暮れ、日々の快楽だけを追い求めるようになる人たちを、


ボクは、たくさん見てきました。その多くは、貧困が根っ子にあります。


貧しい中で、貧しいことから抜け出すために、教養や知性を身に纏おうとするのは、


途轍もなく大変なことです。


それは、本人自身だけの問題ではないとボクは思います。