食道がん闘病記録_備忘録

食道がん闘病記録 

2025/  8/28    近在の病院で問診
2025/  9/  5    内視鏡検査
2025/  9/11    食道癌告知(扁平上皮癌)
2025/  9/12    大阪公立大学医学部付属病院に転院~終日検査
2025/  9/17    入院前面談・PET検査
2025/  9/18    入院~MRIで遠隔転移(胸骨、仙骨、第2・9・11胸椎、リンパ節)が発覚、抗がん剤~手術は中止
2025/  9/19    退院~免疫療法に治療方針変更
2025/  9/24    オプジーボ&ヤーボイの点滴を開始
2025/11/  6    倦怠感&発熱
2025/11/  7    来院~内分泌内科で診察
2025/11/11    再来院~リンゲル点滴
2025/11/13    発熱&呼吸不全で救急搬送~入院@公立大病院
2025/11/15    呼吸不全は喘息と診断。シムビコート復活
2025/11/21    退院~発熱は原因不明のまま
2025/11/23    発熱に加えて蕁麻疹
2025/11/26    蕁麻疹のため、オプジーボは見送り
2025/12/  2    発熱と蕁麻疹の経過を問診
2025/12/19    造影剤CT検査~副腎皮質と甲状腺の機能低下・内分泌内科で薬を処方
2025/12/26    検査結果良好~がん縮小
2026/  1/29    不眠~後にオキシコンチンの離脱症状と判明
2026/  1/30    内分泌内科~コートリル&チラージンが処方される
2026/  2/25    造影剤CT検査&内視鏡検査
2026/  2/26    PET検査
2026/  2/27    MRI検査~癌が再増大~骨への転移に疑義
2026/  3/11    オプジーボ&ヤーボイ⑧~ゾルピデムを処方される。整形外科で脊椎生検についての説明
2026/  3/13    内分泌内科受診~オキシコンチンなしで眠れる
2026/  3/26    脊椎生体検査
2026/  4/  5    オキシコンチンの離脱症状による不眠は解消~睡眠導入剤ゾルピデムなしでは眠れず
2026/  4/  9    主治医より電話~骨は癌にあらず、コンバージョン手術が可能との由
2026/  4/15    血液検査~主治医の説明と質疑応答~内視鏡検査~入院前面談~CT検査~呼吸練習の説明等々
2026/  4/17    睡眠導入剤ゾルピデムなしで眠れる
2026/  4/24    入院~絶食
2026/  4/28    食堂亜全摘手術~ICU
2026/  4/30    HCUに移動
2026/  5/  2    一般病棟準個室に移動
2026/  5/  3    胸腔ドレーン抜去&ホチキス&尿管抜去
2026/  5/  4    四人部屋へ移動
2026/  5/  7    嚥下内視鏡検査~飲み込み確認
2026/  5/  8    食物摂取訓練開始
2026/  5/11    PIカテーテル&ホチキス抜去&口からの水分摂取開始
2026/  5/14    退院
2026/  5/20    通院・主治医の問診~栄養剤は口から
2026/  5/28    再発予防のためオプジーボを継続
2026/  5/29    内分泌内科受診
2026/  6/17    腸瘻チューブを抜管
2026/  6/18    通算11回目、退院後2回目のオプジーボ

急転直下

「食道がん」闘病中ですが、
今日の夕刻、主治医の先生から連絡あって、

3/26に受けた、骨(脊椎)の生検の結果が出ました。
CTやPET検査やMRIの所見では、「がん」にしか見えないのだけれど、

骨は「がん」ではありませんでした。と。

可能性としては、
1)元々、骨には転移していなかった。
2)現在継続している、免疫チェックポイント阻害剤が奏効し、がんが消失した。
が考えられるのだけれど、どちらなのかはわからない。

ただ、今回の検査結果から、
「食道のがんは手術可能です。転移しているリンパ節も同時に切除可能です」と。

そして、

「手術するなら早い方がいい。今月末はどうですか?」
と勧められ、正式な決定は、来週来院し、説明を聞いてからなのですが、

手術しても根治しないこともあるけれど、手術せず、免疫療法だけで根治するのは難しい。
ということを知っているので、

復職して間がなく、新年度が開始したばかりで、周囲周辺に多大な迷惑をお掛けすることになるのですけれど、

生きるか死ぬかの選択なので、

手術することに致しました。

昨年9月、入院手術の予定だった際に渡された冊子、改めて読み返すと、

手術そのものも大変だけれど、術後のリハビリが半端なく難儀そうなのですけれど、
それゆえ、手術を拒否する人もいるようなのですけれど、

今、決定しているライブ、キャンセルすることになってしまうのですけれど、
術後、演奏活動に復活できるかどうかもわからないのですけれど、

主治医の先生の腕を信じて、お任せしようと思います。

悪いトコ、全部叩き切って貰って、戻って来ます。

よん♪

「食道がん」発覚から半年

「食道がん」の発覚から半年が過ぎた。

ライブもこなせたし、職場復帰もした。外見的な変化もないので、「良かったですね」と言われる。

けれど、モヤモヤは続いている。

オプジーボ∔ヤーボイの「免疫療法」、昨年末には奏効し、癌が小さくなっていて安堵したものの、また再び大きくなっている気配。
「免疫療法」の副作用で、甲状腺と副腎皮質の機能に障害が出たため、それぞれのホルモン製剤を、終生飲み続けねばならない体になった。治まっていた喘息もぶり返し、ステロイド吸入薬も手放せない。
ひと月ほど前から、肩甲骨がギシギシ言い出し、右肩が痛む。腰なのか内臓なのか、下腹のあたりが鈍く重い。

そして、

9月当初、PET検査とMRIで、癌の骨への転移が認められたため手術不能、「免疫療法」となったのだが、
ここに来て、その骨の転移が本当に「癌」なのかどうなのかが悩ましいという話になり、生体検査をすることとなった。
3/26(木)、局所麻酔の上、脊椎に針を刺し、複数個所から骨の組織を採取する。日帰りできるそうではある。

で、2週間後には出る検査結果によって、治療の方針が変わる。

(1)「癌」であったなら、現状の「免疫療法」を継続しつつ、その効果が認められなくなれば、他の「抗がん剤」に移行する。
(2)「癌」でなかった場合、「外科手術」で「食道」を摘出し、根治を目指すこととなる。

個人的には、骨は「癌」ではなかったし、現状の「免疫療法」が奏効し「食道」の「癌」も消滅の方向に向かっている。
と、なって欲しいのだけれど、それはなかなか難しい話なのだろう。

職場復帰はしたものの、定年後の再雇用、最後の一年となる4月からの採用継続の可否について、この期に及んでまだ結論が出ていない。
「手術」となる場合、それが「いつ」になるのかもわからない。

ただひとつ、
入院中に起こった発作的な首肩胸の激痛の緩和に処方された医療用麻薬オキシコンチンを止めたことによって生じている離脱症状による不眠、昨夜は、オキシコンチンを飲まず、睡眠導入薬ゾルピデムだけで眠りにつけた。

他人様の目に映る僕、
取り敢えず、何事も起こっていないかのように生きている。

癌との闘い、今後、どうなりますのやら……。

あなたのことなど私は知らない

日米の同情力共感力を比較した某大学の研究結果を見るに、僕は、その内容の正誤を検証できる立場にないけれど、


どうやら、この国の人は、困難や苦痛を、その人が自ら招いた「報い」として解釈する傾向が強く、他者に対して「いたわり」の感情を抱く力が低いようである。また、「相手の視点に立って理解する」力も、総じて弱いらしい。

それを読んで、腑に落ちた。理解した。

僕は既婚者でゲイでもないけれど、選択的夫婦別姓にも同性婚にも賛成している。
原発は災害時の事故を別にしても、被爆前提の作業員の存在抜きに成立せず、廃棄物の処理にも問題が多いので反対している。
もはや、外国籍の人の参入なしにこの国の産業は成立しないので、彼らとの共生は不可避で大切なことだと思っている。

けれど、この国の大多数の人々は、

選択的夫婦別姓や同性婚のことなど、自分には関係がないから、実はどうでもいいと思っている。
原発については、自身の生活圏と別のところで稼働されるから、特に反対もしない。
外国人については、自身の目に付くところに、大きなスーツケースを転がす異国の言葉を話す人たちが増えたことを、ただただ感情的に目障りだと思っている。
自身には選挙権があっても投票に行かないこともあるぐらいなので、在日外国人の参政権については意識したことすらない。

社会的マイノリティに目を向け、彼彼女らの自由や権利を話題にする政党があっても、興味もなければ関心もない。
要するに、選挙の際、そういう主張は、「票」には繋がらない。

流石に、自身に直接関係のあることなら関心はあるのだろうけれど、

円安や物価の高騰、給与賃金の低さが政治のせいだとは思っていない節がある。
これからの世の中、いつ諸外国から攻め込まれるかもわからない。攻め込まれた時、自身の国を守るには軍事力が重要だ。という言葉を真に受けている。
軍拡にはキリがなく、行き着くところは軍隊の保持とそれを維持するための徴兵制の導入なのだけれど、それが現実に起こることだとは夢にも思っていない。
自民党の憲法改定草案では、国民主権が謳われておらず、基本的人権についての記載が悉く削除されていることを知らない。

全体主義の国を嫌悪恐怖しているのに、
憲法を蹂躙し全体主義的体制を目指して、あなた自身の自由や権利を奪い取ることに熱心な人を、女性だから、「何か」やってくれそうだから、と支持する。

誰かを、何かを、貶めたり蔑んだりする人たちが、他者に対する「いたわり」のある社会を作るわけがない。

そういうことなんだ。と、悲しいけれど、腑に落ちた。

食道癌~告知から5ヶ月

食道がん(扁平上皮癌)告知から今日で5ヶ月。

リンパ節と骨への転移が判明したため手術不可、ステージⅣb。
病気休暇~休職して、3週に1度のオプジーボ+ヤーボイの免疫療法、体調不良で1回休んで次週2/18が7度目。

全患者群の奏効率28%と言われる中、昨年末のCT検査で、食道がんの縮小が確認。
今月末に、CT、内視鏡、PET、MRIの各検査で転移先を含めて、現況のより詳細な確認後、以後の治療に臨むこととなる。


考えられるのは、
1.オプジーボ単独療法による維持(メンテナンス)
2.コンバージョン手術(根治切除)
3.緩和的放射線治療
4.部分奏功(PR)でなく完全奏功(CR:画像上、がんが全く見えない)している場合、治療を休止し経過観察

現状、免疫療法の副作用としての有害事象(irAE)としては、甲状腺と副腎皮質の機能が低下しているため、チラーヂンとコートリルを服用。これは、終生継続することになるとのこと。全身掻痒感も継続しているが、これは重症ではない。

irAEとは別に、鎮痛剤として処方されていたオキシコンチンの服用を止めたことで起こった離脱症状による不眠が厳しいが、徐々に減薬していくしかない。
また、再燃した喘息の管理、重症化予防のため、吸入ステロイドを再開継続している。

公称、余命7ヶ月、5年生存率10%と言われているけれど、
昨年11月は副作用(irAE)なのか何なのか、絶不調で入院もしたけれど、
免疫療法が奏効し、現状、体調は罹患前と比べて大きな違いはない。
5kg減った体重も元に戻りつつある。

も少し、生きる。ぞ。

さよなら2025年

体調不良から近隣の病院で内視鏡検査を受け、食道がん(扁平上皮癌)と診断されたのが9月上旬。
「まだそこまで進行してないようだから、手術で良くなりますよ。わかって良かった」と、大病院を紹介され、翌日赴いて検査漬け。
その翌週、入院して「抗がん剤からの手術」のはずが、一転、リンパ節と骨数か所への遠隔転移が発覚、ステージⅣ、手術不能となって、命運尽きたかと思われたが、「数年前から保険適用になった薬があります。通院で投薬可能ですからそれで様子を見ましょう」と、自宅療養が始まった。
 通常の「抗がん剤」より副作用は軽度と言われていたけれど、3週に一度の投与、3度目が終わった翌日から全身の怠さと痛みと発熱。1週間熱が下がらぬまま、呼吸不全に陥って、11/13の夜、救急搬送され、そのまま入院した。発熱が副作用なのかどうか判然とせぬまま、抗生剤が投与され、呼吸不全は喘息がぶり返したものと診断、尿道カテーテル・酸素・点滴・心電図と全身管だらけ。8泊9日の入院後、退院したが、退院後も疲労倦怠感激しい中、次は、全身に蕁麻疹を発症。4度目の免疫チェックポイント阻害剤の投与は見送りとなった。
吐き気や食欲不振や不眠に悩まされながらも徐々に回復、12/17、4度目の「オプジーボ+ヤーボイ」を投与して、翌々日12/19にヨード造影剤を用いたCT検査で、免疫療法の進捗状況を調べた。
自宅療養となった当初、まだ普通に動ける体ではあったけれど、11月下旬まで決まっていた9本のギグはすべてキャンセルさせて頂いた。けれど、この先、いつ、自由に動けなくなるかわからない。なら、まだ動けるうちに最後になるかもしれないけれど……と、西成 CLUB WATERまりかちゃんにお願いして、12/26に1本、捻じ込んでもらった。ワイコちゃんからは、11/27のトークイベントの話を頂いて、受けてはいたのだけれど、どうにも体調が思わしくなく、やむなくキャンセルさせて頂いた。12/26にも間に合うかどうか悩ましかった。
「オプジーボ+ヤーボイ」を併用する免疫療法、調べてみると、効果のある人は10人のうち3人弱。まったく効果のない人が過半。効果がなければ、あとは、進行性の癌が拡大転移していく中、増していく痛みを緩和しつつ、ただ生の終わりを待つこととなる。癌を告知されたその時から、覚悟というのか、達観というのか、諦観というのか、取り乱すことはなかったけれど、「このまま死んでいくのかな。いつまでもつんだろうな」と思うことが増えていた。
そんな中、2週ほど前から不思議に体調が上向いて来て迎えた12/26のライブの日、午前中にCT検査の結果を聞きに行った。
主治医のセンセ、「最近は、ゴハンの通り良くないですか?」と。「薬、めっちゃ効いてますよ。食道のがん、小さくなってます」と、入院時と検査時の同じ位置からの写真を並べて見せてくれた。今後は、外科手術をするのか、この薬だけで消失に至るのか、転移先のがんの様子もチェックしながら考えましょう。
首の皮一枚繋がった。
その日の夜のライブ、会いに来てくれた方々で、ウォーターの2階は大盛況だった。
がんを公表してから、多くの方々が心配してくださり、励ましてくださっている。
免疫チェックポイント阻害剤、その思いに応えてくれたようである。
そんな2025年は今日で終わる。そして、明日から、2026年が始まる。
ありがとう。

wata&macro
にゃんずたちと一緒に、2027年も無事に迎えることができますように。

アデュー

このブログ、


2009年の1月1日から、ずーっと書き続けてきたのですけれど、


このまま行くと、


くたばるその直前まで、書き続けそうな勢いだったのですけれど、


この、「Hatena Diary」に移行するまで、サービスが停止された別のブログサービスでも、


2005年の6月から、一日も休まず続けていたので、13年余り、続けていたのですけれど、


それ以前に、「あいねすらいじん」という名前でやっていた競馬エッセイは、1997年から続けていたので、


すでに20年以上、Web上でなにやらかにやらを綴って来たのですけれど、


わざわざお断りする必要もなさそうではあるものの、


何の断りもなく、中断してしまいますと、


日々、読んでくださっている皆様方が、


体調などようのこと慮ってくださると恐縮至極ですので、


わざわざお断り致しますのですが、


体調は格別良いわけではありませんが、悪いわけでもありませず、


体調とは別のところで、


「思うところ」がありまして、


本日を以って、


ブログを、日々更新することは、おしまいにしようと思うのでした。


昨今は、


Twitterや、FaceBookなどようのものもございまして、


そちらには、今まで通り、存在致しておりますので、


ご心配なきよう。


明日になって、気が変わるかもですが、


どっとはらい。