こちら側と向こう側

地震列島


1978. 6.12 宮城県
1983. 5.26 日本海中部
1995. 1.17 阪神淡路
2004.10.23 新潟中越
2011. 3.11 東日本
2016. 4.14 熊本


情報伝達速度と密度の加速化によって、物理的な距離が感覚的に近くなったことによるのだろう、


阪神淡路大震災以降、それが自分と縁もゆかりもない土地の出来事であっても、同じこの国のどこかの誰かに降りかかった災難であれば、
その災難に遭わないで済んだ自分にホッとしながら、いつもとおなじ生活を送れている自分に、そこはかとない罪悪感を覚える者が増えているように思われる。


テレビに映し出される光景を、ただ眺めているだけでいいのだろうか?という自責にかられる人々。
ただ、近くなったとはいえ、大多数の者にとっての世界は、自分と同じ言葉を話す、国と呼ばれる政治的な境界線の中に住む者どもがいる世界。


情報の加速化は、今のところ、異文化や他国に対する距離を縮めることに貢献できているようには思えない。


今のこの状況を、ただ眺めているだけでいいのだろうか?
という自戒や自責が、この地球上の、すべての土地、すべての人々に対して向けられるようになる日は、


来るんだろうか?