従順な囚人

こっそりと、ひそかに……、


「共通番号制度法」が、参院で可決、成立。
行政機関が、国民の個人情報を効率良く把握・活用することが可能になる。


有り体に言って、この制度、


  国家という権力組織が、国民個々人の情報を一元化して管理できるということ。


国民にとってのメリットは、それを利用活用して金儲けを目論む一部の財界人を除いて、
行政手続きのいくつかが簡便になるということ以外、何もない。まったくない。


「共通番号」は、現時点では民間での利用を禁じているが、「施行3年後の見直し」もまた合わせて約束されている。


今後、国民個々に割り振られた11桁以上という共通番号が、
銀行の口座開設、クレジット・カードの契約に必要となる日が来ても不思議ではない。
電気・ガス・水道の契約に共通番号が必要となる日が来ても何ら不思議ではない。


かてて加えて、


携帯電話の契約、公共図書館の利用、レンタル・ビデオ・ショップの利用契約、ネット・ショップの契約、各ショッピング・モール、コンビニのサービス・カードの契約にも、共通番号の記載が求められる日がくることが、現実味を帯びてきた。


それらの情報がすべて吸い上げられ、一元化されたなら、


○年○月○日、某氏は、何に乗ってどこへ行き、そこで何を買い、何を食べ、何を見、何を聞き、何を読み、誰と通話し、誰にメールを送ったのか、云々云々……。


という、日々の経済行為や消費傾向だけに留まらぬ、文化的関心傾向をも含んだ個々人についての詳細なデータベースが構築され、


それを、「国家」が監視管理することが可能になる。


円形に配置された収容者の個室が多層式看守塔に面するよう設計されており、収容者たちはお互いの姿をみることはできず、ブラインドなどによって看守もみえない。その一方、看守はその位置からすべての収容者を監視することができるという構造の刑務所を「パノプティコン」という。


ミシェル・フーコーは著作『監獄の誕生』の中で、「パノプティコン(一望監視装置)」を、社会のシステムとして管理、統制された環境の比喩として用いている。


「誰かにいつも見られているかも知れない」という意識は、その視線を内面化させ、囚人の内に第二の看守が生まれ、結局、囚人は自ら従順な「主体」に変容する。


近現代的な、権力の「監視」様態を象徴する「パノプティコン」は、もはやSF的夢想の世界だけに留まらない。


  ボクは、あなたは、いつも誰かに見られている……。


従順な囚人になりたいですか?