本当のコトバ

文学語るの仕事にしていながら、


漏れ落ちていてはいけないことを時々漏れ落としていて、


笹井宏之という歌詠みのこと、職場の同僚が日記に書いているのを見て初めて知った。


同僚が紹介していた


 ぼろきれにくるまれている猫の目をわたしの目だとおもう、一瞬


という歌に心惹かれた。


ので、この人の歌集を1冊買い求めて読んだ。ゆっくりと。


笹井氏は、本名筒井宏之、小学校の頃よりひどい自律神経失調症に見舞われ、高校に入って症状が悪化、不安の発作が襲ってくるような状態が続き、高熱時のような具合の悪さをともなって寝たきりになった。日常生活のすべてが困難になり、自分の部屋の布団以外に心身の回復がはかれる場所がなくなってしまう。高校は休学、その後やむなく中退。精神科に通う中、大量の薬物投与治療によって、治癒するどころか心身に大きなダメージを負ったという。その後、病院を替えながら、好転したり悪化したりを繰り返すも、基本寝たきりのまま、自分の部屋の布団以外に心身の回復をはかれる場所がないまま、携帯で歌を書き、ネット上の短歌サイトや地元紙に投稿を始め、注目された。


が、


2009年1月24日、前日にインフルエンザ治療のためタミフルを服用し、眠りについたまま、二度と目を覚ますことがなかった。死因は心臓麻痺、享年26歳。


ゆっくり読んだ彼の歌集、


沁みてくる。


彼の生涯を、たとえ知らなかったとしても、


沁みてくる。


清澄で、辛辣で、温かくて、冷たいコトバがそこにある。


この上なく不器用で、死と背中合わせに生きていた者のコトバに、


嘘はない。


本当のコトバがここにある。と、思った。


世の中を、


己の思うまま、ほしいままだと勘違いしているヤツらの吐き出す、


くだらなく、汚らわしいコトバとは、


次元が違うと思った。


汚らわしさに満ちているのに、


そんなコトバを歓喜をもって迎え、讃えている人々に、知って欲しいと思った。


でも、


たぶん、


そういう連中には、


本当のコトバは届かない。


なぜなら、


見ているもの、聞いているもの、感じているもの、大切にしているものが、


違いすぎるから……。