非現実的な夢想家

村上春樹氏がスペインで行ったスピーチ、


彼のまともな読者なら、彼が「反核」の人であることなど自明のことなのだが、
ベストセラー作家となった今、彼の読者には幻想の世界を描くファンタジー文学の作家という認識しかない人も多いのだろう、スピーチの内容そのものにも、今回のタイミングが「後出しジャンケン」のように思われることにも、眉を顰める人が少なくないらしい。


2009年にイスラエルで行ったスピーチでも彼は、


「小説家というのは嘘を紡ぐプロですが、今日は嘘をつくつもりはありません」
「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」
「壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます」
「私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです」
「小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。私は、生死を扱った物語、愛の物語、人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの小説を書くことで、個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると心から信じています」
「私たちは、国籍、人種を超越した人間であり、個々の存在なのです。「システム」と言われる堅固な壁に直面している壊れやすい卵なのです」
「私たちは皆、実際の、生きた精神を持っているのです。「システム」はそういったものではありません。「システム」がわれわれを食い物にすることを許してはいけません。「システム」に自己増殖を許してはなりません。「システム」が私たちをつくったのではなく、私たちが「システム」をつくったのです」


と述べていた。


彼の言う「システム」に、「原発」が含まれないわけがない。
原発」が彼の言う「システム」でなくて他の何で有り得るのか?


今回、スペインでのスピーチで彼は、


「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」
「『効率』や『便宜』という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく『非現実的な夢想家』でなくてはならない」と述べた。


小説家はもとより、芸術活動、表現行為というものは須く、「非現実的」な「理想」を追い求め続けるもの。
権威権力を志向し、銃を担わせる側のニンゲンと対峙し続けること。


John Lennonの"Imagine"を「非現実的な夢想」だと鼻で笑っている者どもと対峙し続けること。


作家となって想定外の金満家となった春樹氏だが、どこかの誰かさんとは違って、作家であることの軸はぶれていないと思う。


春樹氏の作品中、彼の志向資質が最も顕著に表れている作品『沈黙』の一節を。


「でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何か間違ったことをしてるんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思い当たりもしないような連中です。彼らはそういう自分たちの行動がどんな結果をもたらそうと、何の責任も取りはしないんです。本当に怖いのはそういう連中です」


実のところオレは自分の仕事を、微力ながら、


「そういう連中の怖さ」を教えること。
目の前にいる者を「そういう連中」のひとりにしないこと。
「そういう連中」と闘うこと。


だと思ってやっている。
「そういう連中」の下で、「そういう連中」に囲まれながら。


疲れるわけだ……。



夜、「非現実的な夢想家」どもの集う場所へ。


"CLUB WATER 12周年〜不二才まつり"


音楽は素敵。無敵じゃないのが玉に瑕ですが。