常識という名の誤謬

我が家にニャンコやって来てぼつぼつ一年、


共に暮らしてみて初めてわかること多々。或いは、一緒に暮らしてみてもまだわからないことも多々。


例えば、


前の職場に猫好きの同僚がいて、彼が愛して止まないその猫を完全に室内に閉じこめて飼っていること耳にして、


「可哀想なことを……。人間のエゴやろそれは」と、当時のオレ、思っていた。


のだが、


出入り自由にして飼うことは、
交通事故、争い諍いによる怪我、病気感染の危険性を飛躍的に増大させ、ひいては猫自身の寿命を確実に短くすること知るに至った。


そりゃ、猫本人にとっては、寿命が短くなるリスクより、外を走り回る自由の方が大切かも知れない。その方が猫にとってはシアワセかも知れない。のだが、与えられた命はできるだけ長らえるに越したことはなかろうと今は思う。


或いはまた、


猫が好んで食し、健康にも当然よろしいのであろうと思っていたところの「猫まんま」=「鰹節ぶっかけ御飯」が、猫の健康のためには百害あって一理もないこと。生魚や煮干しや刺身、牛乳与えるのも、決して猫のためにはならんのよ。とか、蚊に食われると猫もフィラリア発症するんだよ。とか、知るに及んで、


かつての愛猫家がそのことを知ったら、


卒倒するんじゃないかと思う。


また、ニャンコはワンコと違って独立自尊、同居人には決して媚びず、孤高を保ち毅然と振る舞うものだ。と思っていたら、いつもそばにいる分、実はワンコ以上に甘えん坊であったりとか、


「当たり前」と思っている、思わされていることの中には、大きな間違いが潜んでいる。


それは何も、猫にまつわるあれこれに限ったことではないと気づいたわけで、


元来、ひねくれ者で天邪鬼なオレですが、


今後も尚一層、「常識」ってヤツを疑いながら、「なんでそーなん?」、「それでえーのん?」と嘯きながら生きてくことに致そうと思っております。


だがしかし、


今以上の反逆オヤジ・ジジイになったら、ますます嫌われるだろーなー。


えけけ。