根っこからほじくり返したい

免許更新講習その4(笑)


何をか言わんや。じゃ、言うな(爆)という感もございますが、


講義を担当している大学のセンセたちも、80名ぐらいずつに分かれている都合みっつの教室で、一日に80分4コマの講義。
担当者ひとりあたり、一日に80分3コマ、同じ講義をやらにゃならんわけで、それはそれ、重労働。
免許更新制度というヤツにどれほどの意味があるのか疑問に思いながらも、それでも、どうせやるなら少しでも役に立つマシな話を致しましょう、


と、思っているらしいセンセ、大学のセンセにしては授業運びが巧みなセンセが、本日は多かったので、


「怒り心頭」に発することはございませんでした。


本日のお題は、
特別支援教育について」、「発達障がいとカウンセリングマインド」、「専門職としての教師のあり方」、「学校組織運営と地域連携」
の4つでしたが、


中には、初耳のこと、未知のコトバもないではなかったですけれど、それは、
オイラにとっては、この仕事やってる上で、そんなこと知らなくてもじぇんじぇん構わないということに限られましたので、


新しい発見や、目から鱗、ということは特にございませんでした。


そして、文科省の推し進めていること、100%おかしいとは申しませんが、


ガッコというものの体制を左右し、責任とその権限をかつて以上に担わせようとしている、管理職というものに、
自由や平等や人権ということを日々大切にし、考えているマトモな者であればあるほど、
なりたいと思わない思えない状況を作り上げてきた罪は、途方もなく大きいと思うのです。


そのあたりのこと、大学のセンセがハッキリ口にできない状況というのも問題だと思うのです。


かつては、教育学などようのこと研究している大学のセンセ、実は現場のことをほとんどわかっていないという方多かったのですけれど、
昨今は、現場の声を吸い上げて、その現状を、こちらの想像以上に把握理解している方もたくさんおいでのようだということがわかったのが今回の講習の収穫だったと言えば収穫だったのですけれど、


やはり、言いかけるけれど、言えないようなのです。


子を持つ親は、子であるならば必ず学校というものには通うので、身近な存在である学校というものを何となくわかったように思っていると思うのです。
が、わかっているようでわかっていないことは結構あって、だからこそ学校側はそれをわかってもらう必要があるし、学校というものが外からどう見えているのかを学校自体も知る必要がある。という話も、よくわかるのです。


だから、敢えて言うのですけれど、


教育現場の現在のありようを簡単に言えば、「右向け右」と言われたら、何も考えず、そのまま「右を向く」ことのできるニンゲンでなければ、管理職にはなれません。また、なろうと思いません。


有能で、豊かな人間性を有している者ほど、管理職にはなれません。また、なりません。
それが、現在のこの国の、学校という組織です。


実のところ、この国の学校という組織が抱えている最大の問題は、ここにあります。


そんな状況の中、


「問題解決能力以前に、何が問題であるかを「設定」できる能力こそが大切なのです」ということを提示されても、
それはその通りなのですけれど、


責任者としての権限を与えられた者たちが、そういった能力を問われないのであれば、組織が円滑に動くわけはありません。


などようのこと、4つの講義聴きながら真面目に考えていたので、


ラストに実施される試験という名の講義についての感想文、
幼稚なコトバで、阿呆のようなことしか書いていなくても、テキトーにお茶を濁すだけで、
ひょっとすると名前を書いて、「ためになりました。ありがとうございました」と書いただけでも、
講習を受けたこと機械的に認定されるのでしょうけれど、


ここで思いを綴ったところで何がどうなるわけでもないのに、思うことつらつら綴っていたら、制限時間ぎりぎり一杯になってしまいましたのでした。


そういう真面目さが、オイラの欠点といやぁ欠点ですね。もっと、不真面目に行かなきゃダメよね。と、思った次第。


そんなこんなで、まだ選択講習を一日残しているのでありますが、


明日から職場は、授業再開。まだ暑い夏はしばらく続くけれど、3年生と教師にとっての夏休みはおしまい。


というような状況もまた、学校という現場を窮屈なものにしてるんでしょうさ。 きゅうきゅう。