無名

父親について書かれた旧作を取り上げた新聞の書評の中、


沢木耕太郎『無名』


沢木の父は、「何者でもない自分を静かに受け入れ、その状態に満足していた」という。


子はなく、父ではないオレではあるが、我と我が身を思って、


なんだかちょっと悲しくなった。切なくなった。


58で俳句を始め、65でふっつりとやめてしまった父のことを、息子耕太郎は、
「確かに潔い。しかし、創作には、そうした潔さとは別の執着心が必要なはずだった。続けること、続けられるということ、それがもうすでにひとつの才能なのだ。父にはたぶんそれがなかった」と、振り返る。


生業として教師をやっているオレ、40の声を聞いてから他人様の前で音楽をやらかし始めたのは、50を過ぎた今でもやらかし続けているのは、


「何者」かになろうという野心があったからではないけれど、
「何者でもない自分を静かに受け入れ、その状態に満足して」いるかどうかということについての自信もない。


ただ、潔さとは別の執着心というものがないわけでもない。65を過ぎても続けているかどうかはわからないけれど……、
きっと、くたばるその時が来ても、答えなどわからないと思うのだけれど、取りあえず、オレがオレであるために、今のオレは音楽をやっている。
生業は生業として、オレがオレらしくあるように仕事をしてきたし、これからもしていこうと思っている。


明日は、ロックギタリストとしてのオレ、"夜の水たまり"7回目のライブ。


京都「夜想」 〜 博多ザ・ブリスコ 25周年ツアー「仁義無き戦い京都夜想 死闘編」
【出演(順)】夜の水たまり / The Specialty's / 博多ザ・ブリスコ
OPEN 18:30 / START 19:00
AD ¥1,800 / DOOR ¥2,000 (+1drink¥500)