ちゃっかりはん

先達はあらまほしきものなり


と、いにしえの兼好どんが言うておるのでございますが、


兄弟姉妹というヤツ、どうにも下の方に分があるようで、
その道で、功成り名を遂げる者には、「おとと」や「いもと」が多いように思われる。


名手、内田勘太郎は、兄貴が大切にしていたギターを、兄の居ぬ間に触っては、
「おまえ、またオレのギター触ったやろっ!1センチずれとるっ!」と怒られておったそうですが、
その後、毎日もたれかかってギターを弾いていた自宅の壁が、人型に色が変わっていたというので、
本人の努力というのがあってのこととはいえ、


誰に教わるでなく独力で身につけた「おにぃ」の知識や技術を、「おとと」は、あとから見て学ぶという、
初期初歩に陥る、間違いや失敗のあれこれに躓くことなく、「いいとこ取り」をして学べるという、


そんなメリットが、「おとと」や「いもと」にはあるように思われる。


スティーヴィー・レイ・ヴォーンも、兄貴のジミーよりすごいじゃん。兄貴も嫌いじゃないですが。
ジョニー・ウインターは兄貴だけれど、弟のエドガーはギター弾きじゃないから例外ということで(笑)。


にゃんこにしたところで、血の繋がりこそないけれど、
「おにぃ」が、試行錯誤に紆余曲折を経て、ココはくつろげる、ココは快適、と、開発開拓発見してきたその場所を、
「おとと」は、「ココが素敵ですのにゃ〜!」と、ちゃっかり後追いしているわけで、


全世界の「おにぃ」は、そして、「おねぇ」は、損をしていると思われます。


その上、とりわけ男の場合、この国にあっては、


「おにぃ」は、大して引き継ぐようなものがなさそうな家でも、「家督」などようのこと言われ、「跡継ぎ」などようのこと言われて、
進学やら職業選択やら結婚の「自由」まで奪われたり致す場合もあるわけで、


それに引き替え、次男、三男はお気楽。お気楽ゆえに好きなことやりまくれるということも影響しているのでしょうね。


そういうオイラは長男で、オイラの他に兄弟姉妹はおりませず、


「ちゃっかり」できなかったのが、悔やまれる。


「ちゃっかり」したかったわ〜ん。


わん。