ライブと短編集が似ていることについて

藤原新也『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』 読了。


「あっ!」っちゅーま。短編ノンフィクション・ノベルというか、エッセイが14本。


人は「出会い」と「別れ」のために、そして、やがて来る「死」を想って生きている。


文学がやるべき仕事って、そういうこと語り綴ることなのですが、まともに仕事していない文学が多い中、そんな話が14本。


沁みました。


一方、


読みながら、この短編14本の並びというのは、ライブにおけるセットリストに似ているなと思う。
30分のステージで演るのはせいぜい7、8曲だが、曲順は重要。


で、藤原氏の考えたセットリスト、ちょっと勿体ない気がした。
ひとつめの『尾瀬に死す』、これからこの本読む人いるなら、最後に読むことをお勧め。
ラストの『夏のかたみ』と差し替えるのがいいかも知れない。


尾瀬に死す』は、"キラーチューン"。 滂沱必至。




夜、"ボーケンヤロー"に"スパイラル"に"ルンペンズ"に"ワルアパ"聴きに、連日のRock Rider。


"ワルアパ"ベース・ユウイチロウくん、終始動き回りながら演奏が乱れないという不思議。
"ワルアパ"登場と同時に、どこかから沸いて出てくる女子、どこにいたのか不思議。


バンドっての、あーゆーオナゴをファンに付けてなんぼか? モンビジには無理だな。


打ち上げに流れる一行横目に、後ろ髪ちょっと引かれつつ帰宅。カリブがニャア。